現在マレーシアはクアラルンプールに住むトラタロウですが、久々にマレーシア内旅行に行ってきました。今回はマレー半島東海岸部のクランタン州、トレンガヌ州、パハン州がメインで最南端のジョホール州にも寄ってみました。マレーシアの有名観光地は西海岸部に多いためあまり外国人観光客は訪れないマイナーな場所ですね。
旅行記第一弾はクランタン州の州都コタバル。以前東海岸部の島に行く経由地として半日だけ寄ったことがありますが、今回は滞在して街の雰囲気を楽しみたいと思います。
※ あまりお金のかかる観光はしません。街中をブラブラするのがメインです。
※ マレーシア通貨1リンギッ=¥40で計算しています。4年前は1リンギッ=¥30、円安で悲しい
Ringgit はよく「リンギット」と表記されますが、マレー語では語尾のTは発音しないので現地では「リンギッ」と発音されています。
※ この記事は姉妹ブログ『KLダイアリートラタロウ』にも
「マレー半島東海岸部に行ってみた コタバル編」として掲載されます。
旅の概要

青〇ジョホールバル、緑〇バトゥパハ

旅の予算(2人分)
14泊15日(車中泊1)の総経費は
・ ¥97464(1日平均¥6498)
このうち宿代(13泊)は
・ ¥42209(1泊平均¥3247)
長距離バスは7本乗って
・ ¥15948
ここ最近の旅行(フィリピン、インドネシア、タイ)などとに比べると往復の航空券が必要ない分安上がり、と言いたいところですが、近隣諸国(シンガポールを除く)より物価が高いので1日あたりの費用は同じくらいの感じです。
コタバル( Kota Bharu )の概要
マレーシア北東部にあるクランタン州(人口193万人)の首都(都市圏人口49万人)です。
クランタン州はマレー系93.3%(全国70%)、華人系2.3%(全国23%)、インド系0.2%(全国7%)とマレー系が圧倒的多数の地域。マレー系=ムスリム(イスラム教徒)ですのでイスラム色が強いのです。


青〇ジョホールバル、緑〇バトゥパハ
2026年9月21日に市内に入りましたが大通りはイスラム教のシンボルである三日月と星をあしらった赤い州旗で埋め尽くされていました。9/29がスルタン誕生日でありそのお祝いみたい。
マレーシア13州のうち9州にスルタン(地方君主)がおられ、政治の実権は制限されていますが宗教・文化の擁護者として強い影響力を持たれています。クランタン州のスルタンは第29代ムハンマド5世陛下で、2016年12月13日から2019年1月6日まで第15代マレーシア国王を務められました。
※ マレーシアの国王(アゴン)は5年任期で各スルタンによる輪番制です。

Kota はマレー語で「砦・要塞」を意味しますが、そこから転じて「都市」を意味します。ドイツで城壁を意味する Brug (ブルグ)が都市を意味するようになったのと同じですね。サバ州都コタキナバルなどKotaのつく地名がマレーシアには大変多いです。
Bharu(普通はBaru)は「新しい」の意。これもカンポンバルなどマレーシアには多い地名。
コタバルは「新しい都市」という意味でした。マレー語では装飾語は名詞の後ろにつきます。
① コタバルへの道とお宿
クアラルンプールからコタバルは直線距離で400Kmくらい。交通手段は3つあります。
①空路…¥4000~¥7000くらい。1時間。
②鉄道…マレー鉄道東海岸線で行けないことはないみたい。ただ乗り継ぎや乗車時間の長さに問題があり、鉄道好き以外にはオススメしがたい感じ。
2026年12月にKL・コタバルを結ぶ新路線・東海岸鉄道(ECRL)が開業予定だが、どうも予定通りにいきそうもないのがマレーシアあるある。
③長距離バス…これが一番オーソドックスかな。夜行なら夜出て早朝に到着です。今回もこれ!

中国・ベトナム・インドには寝台バスがあって夜の移動にはとても快適。マレーシアは寝台バスこそありませんが、3列シートで座席が広く、リクライニングも効いていてなかなか快適。ただし冷房が強い場合があるので防寒着も用意したい。近年2階建てバスが主流になっている様子です。
※ 昔の中国長距離バスには5列シートなんぞという代物がありました。リクライニングもしなくて何かの修行をしているようでした。


バスの予約はREDBUSというアプリで簡単にできました。ただ10年前にもコタバル行き夜行バスに乗ったのですが、運賃は40リンギッ台。今回調べたら70リンギッ台と2倍近い値上げ!
安い便はないかと調べたら NAZA社のバスが1階部分が4列シートで44リンギッ(¥1760)だったのでこれに決定。寝て行くので狭いシートでも問題ないかな。
※ REDBUS の予約画面例です(この記事の行程ではありません)
事前にアプリを入れて氏名や年齢を入力しておきます。




※ 支払いが終わればメールで予約確認 か QRコードが送られてきます。
※ 割引が効く便もあります。トラタロウ一行は1回シルバー割引が使えました。


クアラルンプールからの長距離バスの多くが BTSバスステーション発です。今回は新しくできた GOMBAKバスステーション発の便にしてみました。どちらのバスタもトラタロウの住居から LRT(市内鉄道)で同じくらいの距離です。※マレー語は語尾のKはほぼ発音しないので、GOMBAKは「ゴンバッ」という感じ。
9:30のバスを待ちますが案内表示に DELAYED(遅延)の文字。あれっ、KL発の便じゃないの? KL発の便ではありませんでした。日本だと東京や大阪が始発・到着の長距離バスが多いと思いますが、マレーシアは地方都市発➡首都経由➡地方都市着みたいな便もけっこうあるみたい。

バスは1時間遅れて10:30発。ただ良いこともありました。1階のシートは4列のはずでしたが3列だった。おまけに8時間かかる予定が道路が道路が良いためか6時間半で到着。朝の5時に未明のコタバル・バスターミナル着です。
ただ早く着きすぎても困るのです。マレーシアは時差設定の関係で夜明けが7時ごろと遅い。前回は夜明けを待って市内バスに乗り、コタバルの中心部にある近郊バスターミナルに行き、そこから島に行く近郊バスに乗り換えました。ちなみに長距離バスターミナルと近郊バスターミナルを結ぶ市内バスは無くなったみたい。

グーグルマップで調べると長距離バスターミナルから予約してあるお宿まで3キロ。まだ暗いですが歩いて行くことにしたら…見事に迷いました。
バックパッカーとして方向感覚には自信があったのですが、暗かった、最短ルートは分かりにくい道だった、バスで眠れずぼ~としていた、などの要素が混ざって久々に迷いました。
夜が明けるとランドマークとなるイオンの位置も分かり、方向感覚も復活。ただGマップの推薦最短ルートは土地勘が無いと無理な感じ。少し大回りだが大通りを進んで市内に突入です。
幹線道路からイオンへの出入り口にゲートがありました。ゲートの上の何かが開いたような物は開かれた『コーラン』(クルアーン)です。敬虔なムスリムが多い土地柄を示しますね。



コタバルの宿が Rose Garden Inn 。数少ないコタバル滞在記を載せたブログの作者オススメの宿。チャイナタウンや市内中心部に近い絶好のロケーション。1泊52リンギッ(¥2080 )と今回のお宿の最安値。
受付では猫が出迎えてくれました。こいつはなかなかワイルドなやつで、ヤモリを捕まえて遊んでいました。難点は季節柄なのか部屋の問題なのか洗濯物が乾かないこと。
マレーシア・コタバルのRose Garden Inn(ローズガーデンイン)に泊まった感想!コスパ最高の格安ホテル! に移動します。


② シテイ・ハデージャ中央市場( Pasar Besar Siti Khadijah )
お宿に荷を預けて街へでますが、まだ早朝なので観光施設は閉まっています。そういう時はローカル市場へ行きましょう。ここは朝が一番活気があり、逆に午後には多くの店が閉まってしまいます。

Pasar(パサー)は「市場」で Besar(ブサール)は「大きい」の意。食べ物で大盛を頼みたい時もブサールです。大市場と呼ぶのも変なので中央市場と意訳しておきました。
シティ・ハデージャはイスラム教の預言者ムハンマドの最初の妻でムスリマ(女性イスラム教徒)に人気の名前。他にもアイーシャ(ムハンマドの最愛の妻)、ファーティマ(ムハンマドの娘)なども人気だとか。男の子だとやはりムハンマドでしょうか。

市場はドームを持つ中央部から四方に建物が伸び、各部門ごとに売り場が分かれる構造。州都の中央市場らしく規模がでかいです。生鮮食品はKLの市場と似たような感じですね。離れた別の場所に小さな華人市場があり豚肉などはそちらで売られていました。


驚いたのがお菓子専門ゾーンがあったこと。マレー語で Kuih-Muih (色々なお菓子)ゾーンと表示され十数軒のお菓子店が軒を連ねる光景はKLの市場でも見たことがありません。ムスリムは酒は厳禁なので代わりにお菓子好きが多いそうです。


KLには全国から人が集まりますので各地の伝統菓子も見かけます。だがここでKLにも無いお菓子を発見。博多の鶏卵素麺にも似たタイのお菓子フォーイトーンがあったのでビックリ。でもコタバルはタイ国境まで20キロほどに位置する国境の街。わずかながらタイ族も暮らしているので全然ビックリではありませんでした。


③ ウォールアートを見に行きます
マレーシアの街にはウォールアート(ストリートアート)が多いのです。きっかけは2012年にペナンにリトアニア出身のアーティスト、アーネスト・ザカレヴィッチが招かれ多くの作品を描いて人気を博したこと。
それ以後クアラルンプールや多くの街でウォールアートが描かれるようになったとか。コタバル中心部にも近郊バスターミナルの近くに Street Art Kota Bharu と Kota Bharu Wall Art という壁画群があります。

マレーシア的なテーマとアラビックな物がありました。





ガザ紛争を描いた政治的な壁画も多かった。ムスリムは仲間を助ける精神を重要視するので反イスラエル・親ガザ・パレスチナの雰囲気がマレーシアでも強いのです。


④ 街中の情景

大型モールは郊外にあります
コタバルの中心部は中央市場と近郊バスターミナルのあたり。ここら辺は碁盤目状に区画整理されビル街が広がっています。ただビル街は古いし小さなモールや店しかなく、閉店している店舗も多い様子。
モータリゼーションが進み商業の中心は郊外の大型モールに移り、旧市街は空洞化している感じ。特に2016年にオープンしたイオンモール・コタバル店は巨大で駐車場も多くて人気みたい。



大通りのひとつにショップハウスが並んでいました。1階が店舗で2階が居住区・倉庫という中国南部や東南アジアに多い店舗・住居一体型の商業建築です。店は現代的な物に変わっていますが。


コタバル市内から郊外を走り回るのがピンクバス。以前は地方都市では古いバスが走っていたが、州都クラスの都市はこのバスに置き換えられているみたい。KLのラピッドKLバスは専用カードしか使えないが、ピンクバスは現金もOKなので使いやすい。


朝晩のラッシュ時以外は1時間に1本程度の運行。でも昼間はガラガラで採算が取れているかあやぶまれるレベル。車社会になってバスの利用者も減っているのかな。


⑤ 中国寺院に行ってみた
D13 バスに乗って街はずれにある中国寺院に行ってみました。



中国寺院といっても華人の信仰する伝統宗教は仏教と道教があります。道教は老子や神仙思想から生まれた民間宗教で神道と同じく実在の人物が神格化されるのが特徴。
ここは天上聖母を祀るお宮でしたが、10世紀に福建に実在したと言われる林家の娘が神格化された姿。仙術・法力を得て人々を救い、死後は媽祖と呼ばれ航海安全・漁業・開運・慈愛の女神として敬われています。
東海岸部には媽祖廟が多いような感じでしたが、福建出身の華人が多いのかも。


見学はすぐ終了したが帰りのバスは1時間後。直線距離ではそんなに遠くないので歩いて中心部まで帰りました。途中で中華フードコートを見つけたので昼食です。


マレーシアのフードコートはマレー系(豚肉厳禁)と華人系(豚肉OK)に分かれます。東海岸部は華人が少ないですが、華人は都市部に多いので州都なら数は少ないが中華フードコートもあるようです。
⑥ 夕暮れのクランタン川で夕陽を…見れなかった
コタバル市内のクランタン川方面に行くと高い塔があります。Menara Tinjau Tambatan Dirajaと呼ばれ、訳すと「王室波止場の展望塔」という意味。川岸には遊歩道が整備され夕陽の名所です。

マレー半島東海岸部には美しい海岸線が続きます。でも東は太陽が昇る方向なので海に沈む夕陽は見れません。半島も無いので見たければ島に渡るしかないのかな。でもこの場所ではクランタン川西岸に沈む夕陽が見れるはず…曇り空でなければね。

展望塔です


⑦ 旅のB級グルメ…こんな物を食べました
バスターミナルから市内中心部に歩いている途中、朝から営業の揚げ菓子屋を発見。米粉にグラアポン(ヤシ砂糖)を入れて揚げ焼きした菓子ペニャアム(ペニャラム)・グラアポンはサバ州・サラワク州の伝統菓子だが全国に広がっているみたい。KLでもよく見るが、ここのは揚げたてで絶品。3ヶで2リンギッ(¥80)。


マレーシア国民食のひとつがココナッツミルクを入れて炊いたご飯にオカズを組み合わせるナシレマ。持ち帰り(ブンコス)用にバナナの葉や油紙で包んだ物が路上で売られています。KLでは1ヶ2リンギッぐらいはするが、1リンギッ(¥40)という破格の安さの品(小ぶりだけど)を発見して朝食にします。


華人が人口の2.3%しかいないクランタン州だが、華人は第三次産業従事者が多いので都市部に多い傾向あり。でもコタバルでもせいぜい5~6%ぐらいしかいない(推定)ので、中華フードコートに出くわしたのは僥倖。
滑蛋河(ワッタンホー・太い米麺を使うあんかけ麺)と雲吞麺ドライ(汁なし和え麺)をいただいたが、安くてビックリ。KLなら10リンギッ(¥400)は下らないのに7~8リンギッ。ただ屋台物以外の諸物価はそんなに安くはありませんでした。


庶民的なマレー料理を食べるならナシチャンプル(混ぜご飯の意)の店。大皿に各種のオカズが盛られていますので、ご飯を盛った皿に自分の好みのオカズを取ります。魚・野菜と鶏肉・野菜にアイスティーをひとつ付けて19リンギッ(¥760)。ハズレはそんなに無いが、一部辛い物があるので嫌いな方は「NOスパイシー」な物をあらかじめ聞いておきましょう。



トーンヨート(左中)
コタバルはタイ国境にも近くタイ族も住んいるので市場でタイ伝統菓子も売っていた。鶏卵素麺みたいなフォーイトーンと砂糖シロップを含ませたトーンヨートぐらいしか分からなかったが買ってみました。
4種類セットで5リンギッ(¥200)、かなり甘いがマレー系は甘党なのでOKなのね。でもタイで食べた物の方が美味しかった。
⑧ チャイナタウンに行ってみた
クランタン州に人口の2.3%(4.4万人)しかいない華人ですが、都市部にまとまって住む傾向があるのでコタバルにもチャイナタウンがあります。街の中心にある近郊バスターミナルから徒歩10分、多くの屋台が営業している午前中がオススメ時間帯。

チャイナタウンと言っても大きくはありません。中華門から続く通りの東側に中華飲食店・食材店があるだけ。

中華門にある「鄭和」は人物名。明代の航海者で3代永楽帝の命により大艦隊を率いて東南アジア~インド洋~アフリカ東岸への航海を行いました。
東南アジアでは朝貢化(緩やかな従属関係)を進め、現在中国が東シナ海の領有を主張する根拠のひとつになっています。
イスラム教徒でもあったので鄭和が寄航したスラバヤ(インドネシア)にはそれを記念するモスクが建立されていました。マラッカには寄航していますが、東海岸部には来ていませんけど。

※ 海外旅行記NO66 インドネシア(ジャワ島) ①スラバヤ、マラン編 に移動します。




⑨ タイ仏教寺院がありました
タイ国境に近いクランタン州にはシャム族と呼ばれるタイ系住民が3%(6000人)ほども住むといいますが、多くはコタバルの北側トゥンパット郡に住むとか。大きな座仏像のあるタイ式仏教寺院があるので行ってみた。
市内近郊バスターミナルからD20番バス(2.7リンギッ=¥108)に乗りクランタン川を越えます。ちなみにこのバスの終点はタイ国境の町。国道に近い地域はモスクが多くマレー系が住んでいますが、農村部に入ると雰囲気が変わります。

座仏像のあるお寺がある集落のバス停で降りると、そこにも立派なタイ式仏教寺院・Wat Prachumthat があったので見学します。


境内には人影はありませんでしたが、お祭りや縁日には屋台がでるのかお菓子の看板があります。タイ語も書かれたそれはタコ焼きにも似たカノム・クロックというタイを代表する焼き菓子でした。

境内はなかなか広く伽藍(がらん)も立派。なんだかタイにいるような気になります。境内で野良犬が昼寝しているのもタイと同じですね。
※ 伽藍は仏教寺院の建物を意味しますが、大勢の僧侶が修行をするため広い空間が作られます。ここから何もない空間を「がらんどう・伽藍堂」と呼ぶようになったとか。


道路をはさんで斜め反対側には巨大な座仏像が祀られる Wat Machimmaram です。本堂は閉まっていたので外観のみ見学。


※ この近くには涅槃像(横たわる仏陀)が祀られる Wat Phothivihan がありますが、そこはバス路線からはずれていますので、行くならコタバルから車かな。
※ 金色に輝くタイ式仏教寺院はKLにもあります。KL内タイ旅行の気分になれるのでオススメ。
KLローカル探訪⑦タマン・ジャヤ駅周辺に行ってみた に移動します。
⑩ 街中の情景 Part Ⅱ
コタバルは「新しい街」という意味ですが、名前に反して歴史は古そう。スルタン(地方君主)支配時代から都として栄え中心部には旧王宮などが残ります。市街地も碁盤目状とまでは言えませんが道路が整備され、計画的な街づくりの跡が見て取れます。

コタバルは「新しい街」という意味ですが、名前に反して歴史は古そう。スルタン(地方君主)支配時代から都として栄え中心部には旧王宮などが残ります。市街地も碁盤目状とまでは言えませんが道路が整備され、計画的な街づくりの跡が見て取れます。




ショップハウス(1階店舗、2階住居の古い商業建築)がきれいにリニューアルされた通りもあります。その反面中心部のビル群は古い物が多く、閉店した店舗が目立ちました。
モータリゼーション化して郊外にショッピングモールが増え、車の便の悪い中心部は空洞化している感じでした。大きなビルに入っていたデパート(パークソン)も閉店していました。





⑪ 観光の目玉はイスタナ・ジャハール( Istana Jahar )周辺
コタバル市内観光のMUSTポイントは旧王宮であるイスタナ・ジャハール。小さいが木造の趣ある建築で博物館になっています。
その周辺にも各種博物館、ハンディクラフト・ビレッジ、州立モスク、王室波止場展望塔、中央市場などがあり1日あれば徒歩で全部回れます。
でも1回見れば十分という施設が多く、10年前にも来ているトラタロウは、今回は多くの施設はパスしました。
今回イスタナ・ジャハールを訪れると正面ゲートが工事中。宮殿は公開されていましたが工事ガードに囲まれて撮影しにくかったので過去の画像で代用です。


ハンディクラフト・ビレッジは工芸品販売と博物館。木造の伝統家屋がいい感じ。




⑫ ムハンマディ・モスク
クランタン州の州立モスク。19世紀に木造で建立されたが改装され現在はコンクリート造り。

モスクは信者以外入場禁止の物と礼拝時間以外は入場可の物に分かれます。ここは後者。肌を露出していたり、女性の髪が覆われていない場合はローブみたいな裳のを貸してくれます。



スラム教は偶像崇拝を禁じているためモスク内部には絵は無し、装飾もほとんど無し。ここも柱の一部に装飾があるだけで見ても面白味は少ないです。
モスク向かいにはイスラム教ショップが何軒かあり、礼拝用グッズなどがおかれていました。中の一軒でデーツ(ナツメヤシ)が売られています。乾燥地帯に適応したヤシの樹なので熱帯のマレーシアでは育たないため全部輸入。乾燥果実のそれは断食明けに最初に食べる物とされ、ムスリム的にはとても良い物だとか。


⑬ 戦争博物館です
州立モスクの裏手、元銀行の建物が戦争博物館として公開されています。日本海軍のハワイ真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争ですが英支配下のマレー半島も戦場でした。
1941年12/8の午前1時過ぎ、山下奉文(やましたともゆき)中将指揮下・第25軍の一部約5000名がコタバルの北10Kmのパンタイ・ダサル・サパに上陸し英植民地軍との交戦がはじまります。
第25軍は複数のルートでマレー半島を制圧・南下し翌年2/15に最終目的地・英支配の拠点シンガポールを制圧しました。



12/8 の深夜1時過ぎ上陸・戦闘が始まりましたが、その70分後に真珠湾への攻撃が行われます。太平洋戦争の始まりは真珠湾攻撃とされますが、コタバル上陸戦の方が早かったのです。


上陸地点であるパンタイ・ダサル・サパ(Pantai は海岸の意)にも行けるようですが、海岸近くに歴史碑があるだけみたいです。

マレーの虎と呼ばれた

マレー半島・シンガポール(英領マラヤ)は3年半に渡り日本の軍政下におかれます。マレー系・先住民に対しては比較的温和な統治をしましたが、華人に対しては反日的であるとし弾圧をしています。
※2年ほど前KLセントラル駅でバスを待っていたらマレー系の老婦人が我らの国籍を聞いてきました。我らが日本人と知ると日本語の歌を歌ってくれましたが、それは戦争当時に国民的流行歌であった『愛国行進曲』。占領当時に教わっていたら現在は80台半ば以上の年齢のはずだが、そうは見えないほど若々しい人でした。当時占領下の土地で日本兵が子供に教えることがあったようで、その昔ミャンマーに行った時も高齢者が歌ってくれました。
⑭ ビーチに行ったら猫だらけ
近郊バスターミナルからD13番バスに乗り30分で終点。そこには市民の憩いの場 Pantai Cahaya Bulan というビーチが広がります。ただ10月過ぎからモンスーンの影響で海は荒れてくるとか。
雨季にはまだ早いがヘイズの影響か天気は悪くきれいな海とは言えない海岸でした。


週末はそれでも地元民が来るのかもしれないが、ウィークデーなので人影もまばら。その代わり猫影が豊富です。


ムスリムは「犬は不浄」として飼いませんが猫は大好き。あちらこちらに猫がいますが、このビーチは沢山の猫がたむろする猫ビーチとなっていました。マレー語だとパンタイ・クチンかな。


マレーシアでは猫はかわいがられるので猫も人をあまり恐れません。食堂などではおこぼれをもらう「おねだり猫」もよく見かけます。ビーチにもいました。
⑮ 旅のB級グルメ PARTⅡ
クランタン料理はタイの影響を受けた物も多いらしいが、その代表がミーチェラップ。牛骨や鶏ガラで取った澄んだスープに黄色い麺やクイティオ(米の太麺)を合わせます。


タイの麺は美味いので期待したが、選択を失敗したのかあまり良くなかった。1杯6.5リンギッ(¥260)。
暑いマレーシアには氷菓もありますがチェンドルがオススメ。甘い香りのパンダンの葉を入れた短い麺状の物がチェンドル。ココナッツミルク、黒糖などをベースにした蜜と砕き氷と共にいただきます。トッピングにはカチャン(豆)やトウモロコシをお好みで。チェンドル・プレーン(¥160)、カチャン入り(¥200)。
ロティ・バカールもあったのでいただく。ロティはパンの総称でバカールは「焼く」。マーガリンを溶かした鉄板で焼きカヤジャム(サトウヤシ)を塗りました。4リンギッ(¥160)歩き回って疲れた体に甘味がしみますね。


コタバル中心部は空洞化が進んでいるためか飲食店が少な目。お宿近くのインド料理店での夕食はメインにご飯、野菜、ソースを合わせたもの。豆揚げセンベイのパパドがつくのがうれしい。


⑯ そうだったんだクランタン州
クアラルンプールに住んでいるとはいえ地方の様子は案外知らないものです。今回いろいろ調べていたら「そうだったんだ」という諸情報が出てきました。
KTM(マレー鉄道)は西海岸側の主要都市を通過しますし、シンガポールやバンコクにもつながるので観光旅行にも便利な路線。
そしてKTMにはコタバルにつながる東海岸線もありました。スグリ・スンビラン州のゲスマ駅(聞いたこともありません)からクランタン州のトゥンパッ駅を結びますがコタバル市内には乗り入れていません。
全長528Km、全67駅のそれは熱帯雨林地帯を通るためジャングル・レイルウェイと呼ばれるとか。KLセントラル駅からゲスマ駅に行く列車もあるので、東海岸線でコタバルに行くことも可能。だが15時間以上もかかりそうなのでよっぽど鉄道が好きじゃないと大変そう。
※ 2026年12月にKL・コタバルを結ぶ新路線・東海岸鉄道(ECRL)が開業予定で、工事現場もちらりと見ました。でもまだ建設中という感じで予定通にはいきそうもない。

クランタン州ではバハサ・クラッテと呼ばれる独特のマレー語が話されているらしい。ネイティブのマレー系でも理解しがたい難しさで、日本で言えば津軽弁や沖縄方言みたいなものかな。
ただこれはタイ南部でも通じるらしい。クランタン州やタイ南部には14~19世紀にかけてパタニ王国という独立国が栄えており、昔は同じ国でした。タイ南部にはムスリムが多く分離独立運動があって治安も不安定だとか。

コタバルでは店の看板にマレー語や漢字と並んでアラビア文字が書かれていました。これはマレー語を表記するため工夫されたジャウイ文字という物。アラビア文字では発音できないマレー語があるため新造の文字が追加されているらしい。ちなみにトラタロウのアラビア語知識は الله (アッラー(フ))のみです。
クランタン州の住民は国境パスを取得しておけばタイ南部5州に限りパスポート無しでも出入りできるそうです。島国出身者には分からない感覚ですね。
これでクランタン編は終了です。次回はトレンガヌ州に移動します。
海外旅行記NO68 マレーシア東海岸部 ② K・トレンガヌ編 鋭意製作中

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